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名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)995号 判決 1998年3月18日

原告

木下芳枝

被告

高見佳生

主文

一  被告は、原告に対し、金三一九万〇六六三円及びこれに対する平成三年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三〇三一万九一五八円及びこれに対する平成三年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自宅の居室に普通乗用自動車が飛び込んできたために負傷した被害者が、右自動車の運転者に対し、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、損害賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  被告は、平成三年二月二日午後一〇時三〇分ころ、普通乗用自動車を運転して、愛知県犬山市字仲屋敷二六番地の原告の自宅付近に差し掛かった際、前方不注視により運転を誤り、原告の自宅に飛び込み、原告は負傷した。

2  被告は、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

二  争点

原告の傷害の内容、後遺障害の存否、程度及び損害額が争点である。

原告は、本件事故により、頭部打撲傷、右肋骨不全骨折、左肩打撲傷、頸部挫傷、両手・左膝打撲挫創、頸部捻挫、第一脳神経損傷、両上肢不全麻痺(中心性頸髄損傷)等の傷害を負い、平成五年二月二八日症状固定となり、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表五級二号該当の後遺障害が残った旨主張し、被告は、本件事故と因果関係のある原告の傷害は、左膝擦過傷、両手擦過傷、頭部打撲のみであり、原告に本件事故と因果関係のある後遺障害は発生していないと主張し、原告の右主張を争う。

第三争点に対する判断

一  原告の傷害の内容、後遺障害の存否、程度について

1  証拠(甲六、七、九、乙一の1ないし8、証人竹内正信、原告)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故の二日後の平成三年二月四日に松浦病院整形外科において竹内正信医師の診察を受け、頸部を含む頭部、肩から上肢、胸部、左肘等の広範な部分について痛みを訴えた。原告の両手、左膝には擦過創が確認されたが、レントゲン撮影による検査では、骨折は確認されなかった。

原告は、その後、頸部、後頭部、手のしびれの症状を示すようになり、竹内医師は、同月八日より、消炎鎮痛剤、抗神経痛剤の静脈内注射を投与し、同月一五日には、頸部挫傷(頸椎捻挫)の診断の下に、理学療法を開始し、同年三月中旬まで薬物療法や理学療法を行いながら、経過観察を行った。

この間、原告には、頭部CT、頸椎レントゲン撮影による検査が行われたが、右各部に外傷による異常は認められなかった。

(二) 同年三月になっても、原告が示していた頸部痛、後頭部痛、手のしびれ、手の脱力、心悸亢進、手足の冷感等の症状は改善せず、同月二三日には頸部のMRI検査が実施されたが、頸髄に損傷はなく、頸椎に若干の加齢的変化が見られるほかは異常がないことが確認された。

その後、竹内医師は、保存的治療を中心として実施し、疼痛の緩和や血行の改善を目的として、同年四月末までに、星状神経ブロックを一〇回実施した。しかし、これによる症状の改善は短期間に止まり、全体として症状の改善は見られなかったので、その後は、対症療法として、原告が希望した時にのみ右神経ブロックを実施することとした。

竹内医師は、初診時に、原告について頭部打撲傷、左肩打撲傷、両手・左膝打撲挫創との診断をしたが、後に、右肋骨不全骨折、頸椎捻挫、第一、第九脳神経損傷等の傷病名を追加した。

(三) 原告の症状には、その後も、初診当時と比較してほとんど変化が見られず、竹内医師は、原告の症状は平成五年二月二八日に固定し、原告には、「頸椎捻挫、両上肢不全麻痺」又は「両上肢不全麻痺(中心性頸髄損傷)(頸椎捻挫)」により、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表五級に該当する後遺障害が残った旨の診断をした。

(四) 原告は、松浦病院整形外科における治療を受ける過程において、平成三年一一月に変形性膝関節炎、腰痛症、平成五年一〇月に骨粗鬆症、右肋間神経痛、老化現象による背骨の変形である脊椎症の各診断を受け、また、同病院内科において、同年六月に、冷感、しびれ、吐き気、めまい等を訴え、膠原病の疑いがあるとの診断を受け、同年七月には、慢性閉塞性動脈硬化症の診断を受けた。

2  竹内医師は、原告について、右1の(二)のとおりの傷病名を付し、同(三)のとおりの後遺障害の診断をしたものであるが、証人竹内正信の証言によれば、竹内医師が原告に付した前記傷病名のうち、右肋骨不全骨折については、原告が脇腹から背中にかけての打撲による痛みを訴えたことにより、第一、第九脳神経損傷については、原告が嗅覚の異常を訴えたことにより、原告の右各訴えのみに基づいてその旨の診断をしたものであり、同医師自身、右の判断に合理的な根拠がないことを認識していることが認められ、後記のとおりの鑑定の結果にも照らせば、原告について右の二つの傷病が存在したことは到底認められないものといわなければならない。

また、竹内医師は、原告に自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表五級該当の後遺障害が存在する旨診断したものであるが、前記竹内証言によれば、同医師が右のように判断したことについては、格別の根拠がないことが認められるから、同医師の右判断も採用することができないものというべきである。

3  鑑定の結果によれば、原告は、本件事故により、頭部、左肩、両手、左膝の各打撲傷、両手、左膝の各擦過傷を負ったものということができるが、不全骨折、第一、第九脳神経損傷、右背部打撲傷、中心性脊髄損傷、両手不全麻痺の各傷病の存在は否定されること、原告は、受傷後約一〇日目以降、頭痛、後頭部痛、頸部痛、握力低下、しびれ等を訴えているが、これらは、一般に見られる頸椎捻挫に伴う経過と同様であり、原告が右打撲により、頸椎捻挫の傷害を負ったものと判断することは合理的であること、原告には、現在、頸部痛のほか、両上肢のしびれ、両手の握力低下、嗅覚の低下等の症状が存在すること、原告の右症状と、原告に認められた膠原病その他の内科的疾患及び頸椎捻挫以外の変形性膝関節症等の整形外科的疾患との間には、関連性は認められないこと、原告の現症状のうち、頸部痛及び上肢のしびれは今後も持続し、日常生活に支障を来す可能性があること、その期間については一概にいえないが、長期間に及ぶ可能性もあること、もっとも、原告の握力低下は、巧緻運動等を障害するほどではなく、衣服の着脱等は自力で可能であること、原告の嗅覚低下について嗅神経の障害は認められないこと、原告の後遺障害の程度は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表の一四級に該当する程度のものであること、原告の前記受傷の経過にもかかわらず、原告に現在見られる各症状は、器質的病変に基づくものではなく、心因反応(不定愁訴)に起因するものであること、原告は、この心因反応から脱却したとき、日常生活における前記支障も解消するであろうことの各事実が認められる。

なお、証拠(甲二の1ないし3、原告)によれば、原告は、平成三年一一月から平成四年一二月まで、歯牙の動揺、咬合痛により、歯科医院に通院したことが認められるが、右症状が本件事故によって招来されたものであることを認めるに足りる証拠はない。

4  以上によれば、原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を負ったものと考えられるが、これに対応する頸部の器質的異常はほとんど確認されなかったか、又は早期に解消し、原告の現在の身体的不調は、本件事故を契機として原告に生じた心因的要因(不定愁訴)に起因するものであって、頸椎捻挫の器質的病変によるものではないものというべきである。

そうすると、原告が本件事故後症状固定までの間に必要とした治療のうち、相当部分については、心因的要因に基づく身体的不調が関係したものと推認され、症状固定後残存する症状は、専ら心因的要因に起因するものであるから、損害負担の公平の観点に照らせば、原告に生じた人的損害の全部を被告に負担させることは相当でないものというべきであり、症状固定までに生じた損害については二〇パーセント、後遺障害による損害については四〇パーセントを減額して被告に負担させるのが相当である。

二  損害額について

1  症状固定前の損害

(一) 通院交通費(請求額同額) 三五万九一四〇円

証拠(甲三の1ないし11、四の1、2、六、原告)によれば、原告は、本件事故後症状固定の日の平成五年二月二八日までの間に、松浦病院に合計実日数六〇九日の通院をしたこと、原告の住所地と右病院所在地との位置及び距離関係に照らし、原告は、その主張に係る金額程度の通院交通費を要したものと認めるのが相当である。

(二) 休業損害(請求額四三二万七〇八〇円) 三四九万〇一七九円

証拠(乙三ないし五、原告)によれば、原告は大正一二年一〇月二日生まれの女性で、本件事故当時は六七歳であり、約二〇年前に夫と死別した後、一人暮らしをしていて、本件事故当時は内職やパート労働により月額八万円ないし九万円程度の収入を得ていたことが認められ、右事実と前記治療の経過等に照らせば、原告は、本件事故後症状固定の日までの間の通院実日数六〇九日につき、一日当たり原告主張の平均賃金二〇九万一九〇〇円の日額五七三一円の休業損害を被ったものというべきであり、その合計額は、三四九万〇一七九円となる。

(三) 通院慰謝料(請求額一八〇万円) 一五〇万〇〇〇〇円

前記のとおり、原告は、約二年の間に実日数六〇九日の通院をしたものであり、右事実のほか、原告の前記傷害の程度、治療の経過に照らせば、原告の通院慰謝料の額(心因的要因に基づく減額以前のもの)は一五〇万円と認めるのが相当である。

右(一)ないし(三)の損害額の合計は五三四万九三一九円となり、前記一の4の趣旨に従い、右金額から二〇パーセントを減額すると四二七万九四五五円となる。

2  後遺障害による損害

(一) 逸失利益(請求額一二六〇万二九三八円) 五一万八六八一円

原告は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級に該当する程度の後遺障害を被ったものであるが、前記事実によれば、原告の右後遺障害(症状固定時六九歳)は、統計上原告の就労可能年数とされる七年間は継続するものと認めるのが相当であり、これによれば、原告の逸失利益は、平成五年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の六五歳以上の平均賃金年額二八四万二三〇〇円の七〇パーセントの金額を基礎とし、労働能力喪失率を五パーセントとし、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除する方法によって求めるのが相当である。

右によれば、原告の逸失利益の金額は、五一万八六八一円(2,842,300×0.7×0.05×(7.9449-2.7310)=518,681)となる。

(二) 後遺障害慰謝料(請求額一二〇〇万円) 七五万〇〇〇〇円

原告の後遺障害慰謝料の額は、七五万円と認めるのが相当である。

右(一)、(二)の損害額の合計は一二六万八六八一円となり、前記一の4の趣旨に従い、右金額から四〇パーセントを減額すると七六万一二〇八円となる。

三  既払金控除

右二によれば、被告が賠償すべき原告の損害額の合計は五〇四万〇六六三円となり、右金額から当事者間に争いのない既払金二一五万円を控除すると(右金額以上の既払金があったことを認めるに足りる証拠はない。)、その残額は二八九万〇六六三円となる。

四  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、三〇万円と認めるのが相当である。

(裁判官 大谷禎男)

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